Q031:税理士法人のメリット・デメリット
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【ご質問、ご相談事項】
松本先生
こんばんは。9/10のあずさカレッジ2019でキャリアの定義の仕方・事業部比較についてのお話を伺いました論文受験生です。事業部比較表が大変分かりやすく、就職活動をより客観的に見ようと思いました。また自分が独立したいのか、転職したいのか、出世したいのか...将来像を明確にすることの大切さを学びました。会社選びするに当たって、つい社風や仕事内容に目が行きがちでキャリアを長期的に考えていなかったことに気づきました。
今回、松本先生に伺いたいのは「公認会計士が税理士法人でキャリアを形成する」ことの(1)メリット・デメリット (2)どういう人が向いているかについてです。
四大監査法人系列の税理士法人の説明会(公認会計士論文受験者対象)に伺いました。税務やコンサルティングに関心があること、海外勤務の可能性、監査法人と給与面で大差ないことを考慮して税理士法人を就職先の有力候補と考えています。
一方で論文合格者の大多数が監査法人で働くので少し不安になりました。また監査法人の方が社員の話を聞ける機会が多い分、フェアに比較するのが難しいです。。。
判断の指針や見解等ございましたらアドバイスをお願いしたいです。
長文失礼しました。どうぞ宜しくお願いします。
どうも、松本です。
さて、今回は税理士法人についてのご質問を頂きました。(ありがとうございます!)
「公認会計士が税理士法人でキャリアを形成する」ことの(1)メリット・デメリット (2)どういう人が向いているか
というご質問ですね。かしこまりました。
では、早速結論から参ります。
メリット
・@独立までの経路をショートカットできる。(監査法人を経験しない場合)
・A俯瞰的な観点からの税務アドバイスが可能。(監査法人を経験している場合)
デメリット
・Bキャリア形成の幅が狭い。(監査法人から税理士法人の転籍や転職は可能、逆は難しい。というかあまり聞かない。)
・Cプロパー税理士(税理士試験受験組)との個性差を生かしにくい。(監査法人を経験しない場合)
どういう人が向いているか
・D将来的に独立することを決めている場合
・Eone of them ではなく、one and only な存在になりたい人
・F年齢が高い人(35歳以上)
それぞれ以下について、解説を加えていきたいと思います。
@BDFについて
まず、キャリアの可能性の幅が広い人(換言すれば、将来やりたいことが明確でない人)は税理士法人からのキャリアのスタートはおススメしません。
水流に例えると
監査は上流、税務は中流、経営(起業)は下流のように一方通行で流れているようなイメージが妥当するかと思います。
つまり、税務を経験する人は監査には戻ってこない(戻れない)し、経営(起業)する人は監査や税務には戻ってきません。
ちなみに起業と独立は異なります。
マーケットの点から、起業はブルーオーシャン(新規事業)、独立はレッドオーシャン(既存事業)です。
事業の点から、新たなビジネスを立ち上げるなら起業、既存の事業形態を模倣するなら独立です。
会計の点から、起業に係る初期投資は研究開発費、独立に係る初期投資は開発費です。
だから会計事務所を作る場合は「独立」です。(既にマーケットが存在しているからです。)
図でまとめてみるとこんな感じ。
監査
↓
税務 ⇒ 独立(会計事務所)
↓
起業(経営)
上の図には記載していませんが、監査⇒独立(監査法人)という道もあります。
ありますが、監査法人の設立には5人以上の会計士が必要ですし、彼らは個人として会計事務所を有し、税務業務も行っているのが大半です。(二重責任の原則がありますから、監査対象クライアントの税務業務を担うことはありません。)
つまるところ結局、会計士として独立するなら税務は必ず通る道なのです。
この税務業務だけにコミットするなら、監査法人より税理士法人の方が体系的かつ実践的なスキルを体得できることは間違いないでしょう。
だから、将来の道が独立一択なら、独立の道に至るどこかのタイミングで税務を経験する必要があり、その経験を税理士法人を通じて行うのは一つの手だと思います。(というか、全然アリです。)
あと、監査法人よりは税理士法人の方が若干ですが年齢層が高いです。
例えば、45歳の会計士試験合格者の方が、22歳の在学中合格者と同じ環境で「同期」として働くことをメリットと感じる人は少ないでしょう。
30代後半以降の年齢で会計士の勉強を始めているのであれば、最終的には独立に繋げたキャリア形成を周到に準備しておく必要があると思います。
4大の監査法人や税理士法人のパートナーになることは現実的には不可能に近く、資格取得に要するコスパが悪いからです。
税理士法人での勤務期間=独立までの修行期間と考えて、監査を経験せずに独立までの経路をショートカットするキャリア形成は一考に値すると思います。
ACについて
私は会計士を経由する登録税理士(以下、「会計士税理士」)と税理士受験の5科目取得者税理士(以下、「プロパー税理士」)の違いは税務に対する目線の違いにあるように思います。
会計士税理士の目線はトップダウン、プロパー税理士の目線はボトムアップにあります。
全体を見るマクロの目線から、着地や落としどころを判別する力は会計士税理士の方があると思います。
プロパー税理士の場合は、細かい知識や規定を知っている分、実務作成能力には秀でています。
私の税理士としてのイメージですが、
プロパー税理士はプロフェッショナル経理マン(決算書と申告書の作成はお任せあれ)
会計士税理士は経営コンサルタント(来期以降のタックスプランニングや事業計画、納税予測や節税はお任せあれ)
みたいな感じです。
コンサルは全体を俯瞰するマクロ目線がないと絶対にできません。
ちなみに、なぜ会計士税理士には全体を俯瞰するマクロ目線が手に入るか、というと現代監査がリスク・アプローチ監査であることに起因します。
監査は、事業上に内在するリスクを洗い出した上で、適宜適切に監査資源を配分する、いわば「資源配分ゲーム」なのです。
監査論を学習したことのない方のために、分かりやすく説明してみせましょう。
マクロ目線とミクロ目線がどのように違うのか、具体例を通じて理解して頂ければ幸いです。
具体例
例えば、退職給付引当金の計上金額が適正かどうかを監査(チェック)するとします。
この時、「退職給付引当金は作成難度が高く、金額的にも大きいから退職給付引当金には粉飾のリスクがある。」と考えるのがミクロの目線です。
一方でマクロの目線だとどうなるのか、と言うと・・・
まず、最初に経営者とのミーティングを通じて経営者の人柄や誠実性、経営方針や経営理念の理解に努めます。
この理解がどのように監査に反映されるのか、以下で確認してみましょう。
マネジメントインタビュー(経営者とのミーティング)の場にて
監査人「御社の経営理念って何かありますか?」
経営者「あぁ、うち? うちは特にないでー。強いて言えば売上絶対至上主義のところやなー。この業界、とにかく売ってなんぼですわー。先生もお一ついかがでっか?」
はい、ストップ。
この発言だけで、会社の内部事情が透けて見えます。
以下、監査人の考察です。
売上絶対至上主義ってことは、営業マンのノルマが相当キツイだろうから、予算未達の状況なら架空販売のリスクが高いな。
しかも、売上に重きを置く会社の場合は、収益にならない間接部門(人事とか経理)に人を割かない傾向が高いから、会社全体として粉飾のリスクが高そう。
売ってなんぼの会社の場合、従業員を使い捨てのコマとして軽視する風潮があるから、福利厚生にお金をかけないんだよな。
会社のB/Sに退職給付引当金が計上されているけど、この中には役員が私腹を肥やすための退職金(=役員退職慰労引当金)が含まれているんじゃ?
退職給付引当金の表示の妥当性は注意しておこう。
いやいや、それ以前に経理機能が極めて脆弱である可能性が高いから、ヘタしたら確定拠出年金制度を導入しているのに、確定給付年金制度の会計処理を採用している可能性すらあり得るな。(この場合、退職給付引当金は計上されない。)
やはり退職給付引当金については、特別な検討を必要とするリスク(めっちゃ高い粉飾リスク)があるな。
人事と経理の責任者にはしっかりと実状をインタビューしておこう。
会社の経営理念が特にない、ということは今やっているビジネスについて社会的責任(CSR)や法令順守の自覚がなさそう。
コンプライアンスを無視してでも、自社の売上拡大にひた走るリスクもあるな。
法令違反がないかもしっかりと確認しておこう。
加えて、理念なき会社が立てる今後の事業計画についても実行性に疑念があるし、数値目標自体も場当たり的かつ楽観的な予想である蓋然性が極めて高いなー。
見積りの信頼性に疑念がありまくる。。。
退引以外に会計上の見積りを必要とする項目(貸倒引当金、商品評価損、減損損失、繰延税金資産等)は軒並み粉飾リスクが高いな。
はい、ストップ。
挙げだすと枚挙にいとまがありませんので、ここら辺で終了。
これこそがマクロ目線の典型です。
退職給付引当金の監査について、退職給付引当金以外の観点(=会社全体の観点)からリスク考察を加えていくアプローチこそ現代版のリスク・アプローチなのです。
(監査論では、私は「リスク・アプローチ2.0」と呼称しています。)
1を聞いて10を知るとは、まさにこのことです。
この「演繹性」こそが監査で体得できる無形のスキルなのです。
換言すれば、「木を見て森を見ず」にならないよう全体的な目線から俯瞰する力は、監査で身につけることが可能です。
☆注意!
個人的に監査法人の後輩たちを見て、最も危惧しているのは、この全体的な目線から俯瞰する力を養成する意識がないまま、ただただ監査業務を担うことです。
何のスキルも身につきませんから、いざ転職や独立、起業を考えると自分には社会の荒波で戦えるだけの「武器」がないことに気付きます。(ホントに。)
そうなるといずれ、「リスクを冒して転職や独立なんてしなくても、今の監査法人のほうが給与や待遇も良いし。」という思考が形成され始めます。
その結果、年次が上がれば上がるほど、身動きが取れなくなっていきます。
やりたいことをやるために会計士を志し、監査法人に入ったのに、監査法人を辞められないからやりたいことができない・・・という本末転倒シンドロームに陥ることが懸念されます。
このマクロ目線は会計士の監査業務に固有のものです。
積み上げながら申告書を作成する税務だと、そもそもこういった考え方に至らないことが多いです。
帰納性(10から1を導くこと)の税務か、演繹性(1を聞いて10を知ること)の監査か。
ミクロ目線の税務か、マクロ目線の監査か。
個人プレーの税務(独立する場合)か、チームプレーの監査か。
汎用性の税務か、特殊性の監査か。
どちらを好むのかは人それぞれです。
最後に、Eについて
>一方で論文合格者の大多数が監査法人で働くので少し不安になりました。
との記載がありますが、会計士業界だけでみると、圧倒的に会計士>会計士税理士 です。
つまり、独立している会計士はそこまで多くありません。
だからこそ、会計士税理士の道には、one of them ではない、one and only な存在になれる可能性があります。
例えば、ここにアニメが大好きな会計士(Aさん)がいたとします。
アニメーターやイラストレーター、CGクリエイターなどは個人事業主であることが多く、制作会社からの不遇な環境下で働いていることも少なくありません。
日本のアニメ産業を守り、アニメーターの待遇を改善したい!
とAさんが思ったのなら、「日本初、アニメーター専門税理士」として、独立することができます。
特徴は3点。
「私たち会計士が弁護士とタッグを組んで、制作会社からの不当な取り扱いを是正するようなネゴシエーターになります。」
「面倒で分かりにくい税務もお任せ下さい。節税を通じて、あなたのお金を守ります。」
「クラウドファンディングを通じて、資本のファイナンスにも取り組みます。大好きな制作だけに特化できる環境を整備します。」
みたいなマーケティングはいかがでしょう?
会計士税理士の中では、間違いなく one and only な存在になれると思います。
大多数がチョイスするものが正義、みたいな時代はもう終わりました。(むしろ一周回って、ダサくなります。これからは。)
論文合格者の大多数が監査法人で働くからこそ、税理士法人でキャリアをスタートするという選択肢もありだと思います。
以上です。
端的にまとめると、
公認会計士としての税理士法人の魅力は、独立に必須となる体系的かつ実践的な税務スキルを体得できること。
その上で、
独立までの時間を優先するなら税理士法人からスタートすることをおススメ。(最短最速の独立なら、税理士法人一択)
マクロ目線の思考の体得を優先するなら監査法人からスタートすることをおススメ。
将来、独立するかどうかが不明なのであれば、上流に位置する監査法人からスタートすることをおススメ。
といったところでしょうか。
参考にしていただければ幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
2019年9月25日 松本 翔
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